ヨーロッパチーズの歴史

実は不遇な時代もあったヨーロッパチーズの歴史

様々な動物の乳から何種類ものチーズを作り上げるのはさぞかし時間がかかったはず、チーズの本場という事で、いつの時代も不動の人気をあつめていると思いきや、実は不遇な時代もあったのです。

古代ギリシャ時代からワインとチーズはペアだった。

ヨーロッパの記録に初めてチーズが登場するのは古代ギリシャ。なんと紀元前8世紀のころです。詩人ホメロスは叙事詩オデッセイの中で「美の女神アフロディーティがゼウスの娘ヘレナをチーズとワインと甘い蜜で育てたため、ヘレナは輝くばかりの美しさと知性を与えられた」という記述があります。もうこのころからワインとチーズは相性抜群のペアだったのですね。その頃のチーズがどのような形状であったのかは残念ながらわかりませんが、同じオデッセイの中でサイキプロスがヒツジやヤギの乳からチーズを作る記述があります。できたチーズは神への供物としても用いられた、といわれていますから高級品だったのでしょう。

その後、帝政ローマ時代になると全ヨーロッパに派遣された兵士たちがヨーロッパじゅうにチーズを広めました。こうして様々なチーズが生まれる土壌ができたわけです。
ところで、ローマ帝国時代のチーズを今でも味わうことができるのはご存知ですか?
「ペコリーノ・ロマーノ」というチーズがそれであると伝えられています。保存食として作られた羊乳のチーズで非常に塩辛く、硬いのが特徴です。

チーズ不遇時代 修道院がチーズを作り続けた

ローマ帝国が滅びて以来、チーズは修道院で作り続けられていました。また中世ヨーロッパは戦争の時代でもあったので、古代ローマのように人が自由に広範囲にわたって行き来することは困難になり、チーズはその土地独特の進化を遂げていくのです。冷涼な気候のヨーロッパはチーズ作りに適していましたが、その頃のチーズはあまり上等な食べ物とみなされていなかったようです。食べていたのは主に農民。税金として納められていたという記録も残っていますが、貴族の食事にチーズが登場するのは中世も末期になった15世紀。その頃になると、チェダーチーズ、ゴーダチーズ、カマンベールチーズなどの私たちにおなじみのチーズが作られ始めます。

各家庭から工場での大量生産化へ

チーズ不遇の時代にきっと修道院からチーズの作り方が農民へと伝えられていったのでしょう。チーズ作りは長らく各家庭の主婦の仕事でした。チーズ造りの道具が嫁入り道具になっていたという記録もありますから、日本でいえば味噌のようなものだったのでしょう。もしかしたら、近所の主婦同士でレシピの交換、なんてことも行われていたのかもしれません。日本でも人気の高いカマンベールチーズやアオカビタイプのスチルトンチーズなどは、主婦が作り出したチーズといわれています。さて、このように各家庭ごとに作られていたチーズですが、やがてスイスで専門の職人が生まれ、チーズ作りを専門にする組織がいくつも生まれるようになりました。そして1860年代になると、チーズ作りになくてはならないレンネットが大量生産されるようになり、チーズ作りはさらに大規模化、規格化されるようになりました。しかしそれは伝統の味を失うことにもなっていったのです。

伝統の味を次世代につなぐという課題

ヨーロッパでは今、作り手を失って消えようとするチーズが何種類もあります。もちろんそれを防ごうと頑張っている人たちはたくさんいますが、やはり限度があるとか。古き良き伝統食をいかに次の世代につないでいくか。日本と同じ課題がヨーロッパにもあるのですね。

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